天野 眞也(あまの しんや)さん 1969年生まれ。工業用機器メーカーの株式会社キーエンスに、92年に新卒入社し2010年までの約18年間勤務しました。在職中、社長直轄の営業チームの初代リーダーに抜擢され、1兆円以上のグローバル企業を次々と開拓するなど、会社の発展に寄与しました。現在は製造業向けのインターネットサービスを運営する株式会社アペルザの営業顧問として「日本のモノづくりを元気にする」仕事をしています。
相手の内部構造を理解する
天野さんは若手のころから気づいていた。
「取引先の説得交渉に陥りがちな営業も多いですが、欲しがっていないお客様を説得するのは、時間もかかるし、高く売れないし、リピートにもつながらないものです。なので、欲しがっているお客様を探そうと思っていました」
初めての配属は、大手メーカーの大工場が密集する工場団地の地域だった。
「面で当たることを意識しました。大きい工場から順に電話したり、人数が多いところからカタログを撒いたり」
大企業を相手にする時には、組織内のヒエラルキーが重要になる。
「キーエンスが扱っていた工業製品系は、会社をまたいで買うケースも多いです。例えば、ここの生産技術センターでは図面を描いて仕様を決めるだけ。その図面を使って製造するのは全国津々浦々の装置メーカー。そんな構図がある業界です。それなら、仕様のなかに自社の製品を入れてもらえれば何倍も儲かります。図面上指定が入っていれば、価格交渉になった時に定価の見積もりを送っても、買わざるをえないからです。自分はそのことが運よく2年目くらいに分かりました」
(キーエンス時代についての詳細は前回のインタビュー記事「時価総額7兆円超え!株式会社キーエンスのレジェンドが語る営業の真髄」をご覧ください)
気づくのが早い。
「工場団地のエリアに配属されたのが良かったですね。実際に担当すると見えてきます」
この重要性は社内では理解されなかったそうだ。
「1日にいくら売れるかが重視された時代でしたから。訪問したらその時に10万円買ってもらえることが当然嬉しい。でもそういうお客様は既に先輩たちが担当していました。自分には、仕様決定しかしない、売上のほとんど出ないお客様しか残ってなかったんです。そこでどうやって利益を出すかを考えるうちに、仕様に入れてもらえば買ってもらえることに思い至りました」
転勤で仕事の意味が変わる
1年単位で身の周りが変化していく。
「入社して3, 4年で部下が10人くらいつきました。そこからチームで成果を出すことも考えるようになりました」
成長企業のキーエンスだったから経験できたことだ。
「毎日楽しかったです。ずっとワクワクし続けられました」
充実の日々を過ごすなか、2000年に転勤になる。
「それまでは大手企業の大工場があるエリア。新しい配属先は、半導体の装置ベンダーといって、半導体を造る機械を造っている工場のエリアでした」
大きな企業は鷹揚で予算がある。
小さな機械メーカーは構成パーツの値段をなるべく下げたい。
「大工場は、例えば車メーカーなら、工場のラインが1時間止まると億単位の損失が出る。だから工場が止まらなければいいと考えて、多少高いものでも買ってくれます。一方で装置メーカーは、1台1,000万の機械を造るのに構成部品の6割か7割を外部から購入する必要があります。パーツのコストを100円、1,000円と落とせればそれだけ利益になる。シビアさが違いますね」
これを理解して天野さんの仕事の意味も変わった。
「センサーを売るというのは一緒ですが、転勤するまではお客様の工場を止めないために売っていました。転勤先では構成部品として売る立場になりました。それが物凄く大きい違いでした」
「投資に対する効果」という視点
企業の購買行動は、投資だ。消費ではない。
利益を導くための投資として購買する。
企業の存続理由は利益を上げることしかないからだ。
「大工場は投資に対する見方が直接的ではない場合があります。でも、1,000万の機械のなかの10万円の構成部品となると投資に対する効果が非常に分かりやすい」
だから提案のなかでどう表現するかが変わってくる。
「この時にちゃんと言わないといけないことがあります。大事なのは効果だということ。仮に値上げをして金額が倍になっても、効果も倍以上に上がればいい。この効果を説明する営業は実は非常に少ないんです」
装置が評判になる。
たくさん売れる。
売上が立つ。
これが最も大切だ。
「企業は利益を出すことが最も大事なので、構成パーツの値引きで得した感じになるなんて何の意味もないことです。営業はそういった”投資に対する効果”を明確に説明しないといけない。やれそうでいてやれていない営業が多い点です」
それができていたから、天野さんは強かった。
プロの提案をしていくことが結果につながる
「お客様のニーズにお応えする、お客様のご要望を適えるという営業が嫌いです。お客様はニーズや要望に気づいていないと思っています。表面化している課題を解決するのは当たり前のことで、お客様が気づかない、プロだから分かることを提案していくことこそ結果につながるんだということを、この時期に理解しました」
このころ、天野さんが必ず作っていたものがある。複数のリストだ。
担当者
開発設計の設備投資予算
工程
「最高のパフォーマンスを出せる製品がどれほどの価値かに言及していけば、”投資に対する効果”を理解してもらえます。ただ、もちろん全員に理解されるわけではないので、そういうリストを作って、リストを踏まえて提案するんです」
提案の際にもう1つポイントがある。
企業自体のメリットは投資対効果の追求だ。
一方で、担当者という個人のメリットは、嬉しい・嬉しくないという消費者的な感情だ。
「どちらも大事にしてあげないとダメですね。どっちかしか大事にしないか、もしくはこのメカニズムが論理的に理解できていない営業は多いです」
ほんの少しのことが営業の成績を左右する。
天野さんはそのほんの少しが分かっていた。
だから優れた成績を出すことができていたのだ。
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